刀剣による敬礼について

捧げ刀 研究

映画やドラマなどで時折見かける刀を顔の前で掲げるようなポーズ。なんだろうと疑問に感じても、検索ワード自体が思い浮かばないという経験をされた方もいるのではないでしょうか。

あの動作は刀剣による敬礼で、旧軍において抜刀している軍人は挙手によるものではなく刀によって敬礼するのが原則でした。よって普段は単に敬礼として扱っていて、特に挙手によるものと区別する必要がある場合、刀による敬礼という言葉で言及されていたのです。

この刀剣による敬礼とはどういうものか、時代背景や動作の順番についてご紹介します。

敬礼の歴史(簡易版)

敬礼とは字の如く相手への敬意を示す礼です。よって敬礼をするのは軍隊に限った話ではありませんが、単に敬礼といえば軍隊の敬礼を指すのが一般的です。

よく知られている敬礼は挙手によるもので、帽子の庇に指を当てる動作をします。これはヨーロッパの騎士が鉄兜の鎧戸を持ち上げることで、自分の顔を封建契約上の主君に対して見せたのが起源の主流とされています。

挙手による敬礼
挙手による敬礼(米国政府パブリックドメイン)

この手の平を使う動作は、自分が武器を持っていない、つまりアナタに対して敵意を持っていません、という誠意を示す行為でした。

こういった敵意のないことを行動で表現する動作が敬礼の起源となった事例は多く、例えば礼砲も軍艦が敵意のないことを示す役割を兼ねていたのです。

礼砲
礼砲によっても敬礼は行われる。この写真は英海軍が女王誕生日に長崎で実施した祝砲。

刀剣による敬礼の起源は挙手や礼砲に比べて欧州キリスト教文化の要素が色濃く、剣の十字に接吻して敵意がないことを示したのが由来といわれています。

しかしながら剣による敬礼も、単に顔の前で掲げるだけではなく、剣先を下ろして横に向けることで攻撃しないという仕草を含めているので、この動作も相手に武器を向けないという姿勢を示しているのです。

刀による敬礼
Andy Davis上等兵(LCP)の刀による敬礼(米国政府パブリックドメイン)

刀剣を用いた敬礼について実際の動作(専門家向けサイト)

英語が理解できるのであれば、カナダ国政府が刀剣による敬礼について刀剣自体の持ち運びまで含めた教練マニュアルを公表しているので、ここから動作を学ぶことができます。

刀剣を用いた敬礼について実際の動作(初心者向け・旧軍陸軍礼法式)

旧軍陸軍の礼法に基づいた刀を用いた敬礼について、動作の仕方をご紹介します。

敬礼を定めているのは陸軍礼式

陸軍の教育では、基本的に歩兵操典というマニュアル通りに軍人が行動できるよう訓練をします。このマニュアルでは、整列の仕方から銃の取り扱い方まで条文形式によりまとめられています。しかしながら、敬礼については陸軍礼式という規則で別に定められていました。

最初に編纂されたのは陸軍敬礼式という名称の規則であり、明治六年の布告類編で確認できます。やがて陸軍礼式という別冊扱いの訓令として、このルールの改訂が繰り返されるようになったのです。

補足(法令の位置づけ)

明治六年はかねてからの構想だった徴兵制が徴兵令として実現した年で、敬礼が明文化されたのは軍の近代化にまつわる一例といえます。それまで日本はお上からのご沙汰に従って生きる国でしたが、近代国家ではそういったことを社会的契約としてシステム化する必要があり、政府の使う用語も試行錯誤の状態でした。

陸軍敬礼式は陸軍礼式と名称を変えて、陸軍内部の規則である陸達として改訂の度に陸軍大臣が署名しました。やがて軍令の制度を作り上げると、陸軍礼式は軍令で改訂されるようになり、やがて陸軍礼式令という名称の軍令による勅令となりました(太政官布告も勅令相当とみなされています)。

実際のところ、陸軍敬礼式にしても陸軍礼式令にしても、敬礼のルールを定めた規則の名称なので、それがどう変わろうとも本筋ではなく、大切なのは中身がどうかであるかということでした。

陸軍礼式に基づく刀を用いた敬礼

まず刀を用いた敬礼は抜刀時に行います。抜刀していない場合は敬礼に刀を用いません。観兵式などでは刀肩で整列する規則ですので、儀式において帯刀している軍人は概ね抜刀している状態です。

刀肩の画像
肩刀の姿勢で待機する琴葉茜。制服は拙著の設定より。

刀を用いた敬礼は観兵式のような儀式だけでなく、野外における敬礼としても行われます。ただし肩刀や捧刀だけで敬礼とすることもあり、刀の敬礼を行うのは時代によって条件が変わります。

陸軍敬礼式においては受礼者(原典では「敬禮ヲ受クヘキ者」)が自分より六歩手前に来たところでという扱いなのに対し、軍令五号による規則だと天皇や軍旗あるいは特に定めた相手に対してだけ刀の敬礼を行うとされていて歩数の指定はありません。後者の場合、既定のない相手であれば肩刀で姿勢を正し受礼者を注目して身体の上部を少し前に傾けることとされています。

刀による敬礼は陸軍敬礼式などで三節にわたり記載されていましたが、軍令五号では省略されました。また各条の補足によると下士官兵は第一節の敬礼を行わずに肩刀だけとし、特に天皇や軍旗などは捧刀だけと規定されていました。

第一節では、刀剣の剣先を垂直に上げて刃面を顔の中央に揃えて(陸軍敬礼式では右目の前に構えて)鍔の高さを肩のあたりとし、肘は自然と体に近接するものとします。

刀の敬礼画像
刀の敬礼、第一節の動作。

第二節の動作は捧刀です。右肘を全く伸ばして刀剣を斜めに下げ爪を上にして拳を右股より少し離し、受礼者又は敬すべきものに注目します。

捧刀の画像。
刀の敬礼、第二節の動作。旗などが右の方へ移動する場合は注視する視線も追う。

第三節では肩刀の姿勢をとるものとしています。陸軍敬礼式においては短く銃を肩に執るのと同じ姿勢であるとされていますが、その後の陸軍礼式では指示が細かくなって、柄を右手の親指と人差し指中指の間に保持し他の二本は指の柄の外に付しなどと、垂直に刀剣を保持した時の姿勢が厳粛なものになるよう定められていました。

肩刀の画像。
刀の敬礼、第三節の動作。肩刀とする。

天皇や軍旗に対して将校は全員が第一節である刀の敬礼をする規定となっていましたが、将官に対しては指揮官だけが刀の敬礼を行い他の将校は肩刀のままとされました。下士官兵は敬礼の種類によって肩刀か捧刀の規定です。

自衛隊における刀の敬礼

自衛隊の礼式は自衛隊の礼式に関する訓令で定められています。しかしながら自衛隊で使われる儀礼刀については言及されていません。他の通達において、儀仗刀を用いる場合は捧げ刀の敬礼を行うと言及がある程度です。

とはいえ、幕僚長などは防衛大臣の承認を得て特例を定めることができます。防衛大学校の生徒は各種式典で儀仗刀を指揮官が帯びていることが多く、自衛隊による刀の敬礼を目にできる機会となっています。

英語圏における刀剣の敬礼

英語での敬礼はSaluteといいます。挙手によるものも刀剣によるものも同じSaluteで。区別が必要な場合は挙手によるものをHand Salute、刀剣によるものをSaluting with the Swordや Sword SalutなどといいますがHand Saluteほど通用しない言葉です。

捧刀については、捧げ銃と同じPresent Armsという言葉で呼ばれています。

もっと注目されてほしい刀剣の敬礼

日本は刀の国である。そう日本刀を賛美する声は聞かれますが、刀による敬礼というものをあまり見かけません。所詮は外洋から来た異国の風習だからでしょうか?

日本刀は時代と共に変わり続けてきたものであり、第二次世界大戦期に試行錯誤された様々な刀もまた大切な日本刀である。そう主張する方もいます。

万国と交流盛んな現代、この時代らしい日本刀の美しさはありますし、刀の敬礼だってサーベルだけの専売特許ではない美しさです。

いえ、長々と建前を続けることもないでしょう。筆者は刀の敬礼が大好きです。どう考えても美しくカッコよく凛々しいではないですか!

もっと刀剣による敬礼が見たいのです。見たくて見たくてたまらないのです。

この刀の敬礼が日本の文化においてもっと多くの場面で見かけるものになるよう願ってやみません。

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